ITコンサルの日常

ITコンサル会社に勤務する普通のITエンジニアの日常です。

仕事一区切り

ようやく終わった。。
大きなトラブルもなく無事リリースが完了し、退場してきました。
最後の方は、自分の役割としてはあまり重くなかったのですが、立会いで朝早かったり、データを確認したり、それなりに貢献できたのではないかと思います。


プロジェクトへの参画が1年半にもなったのですが、ほんと長かった。今までで一番長かったですね。
僕以外に残ったメンバー(みんな優秀です)は、まだこの先も残るようでした。
あるメンバー(8年くらいその現場にいる&僕と同い年)は、「汎用(IBM)しかできないから、他にいくところがない」って言ってましたが、分かってるなら勉強すればいいのにって思うんですがねえ。
まあ、人それぞれですね。


最初の頃は、DAとかDBAとして仕事できてたので、結構面白かったです。特にDAっていう仕事は、まあなかなかこだわってやっている現場も今までなかったので、良い勉強になりました。
物理モデルの良し悪しの判断は、性能が出るかどうかとか、データの重複がないかどうかとか、データのメンテナビリティ(コード値の変更に対する容易性)とか、まあ色々あるのですが、論理モデルの良し悪しの判断は難しいですね。
それこそ、100人100様の考え方があるといったところでしょう。


中盤は、どっぷりオフショア開発&ちょこっと自分で開発ってところで、
ここで汎用機&COBOLの世界に浸からざるを得なくなり、まあでも初めて触るものだったので、意外と楽しかったのを覚えてます。
オフショアも、他のプロジェクトで随分訓練されているようで、つまらないバグも少なく(むしろ日本で書いた仕様書のバグが多かった)スムーズに進みました。
この頃から、僕はDAとかDBAじゃなくて、仕様を知っている人(実際は覚えながらでしたが)に転換していくことに。最後までそのキャラを通すわけですが、まあこの頃マネジメント的な問題もありましたし、色々がんばったなあ。


でもって後半は、すっかり仕様書エンジニア。
変更案件や、障害について、設計書の修正から、プログラム修正、結合テストまでやるわけですが、量が多いときは要件だけプログラマの人に伝えてレビューに徹してました。
量が少ないときは自分でやってましたが、あまりにも品質が低い(いいわけはしません)ので、結局レビューに徹することに。
最後には、僕ともう一人だけでやってたので、こいつ口ばっかりじゃねえかと思われてたと思います(汗


そんなわけで、実は一つも技術力とかいうのを使ってないのですよね。
フリーランスって、もっと技術力とかいうのを求められると思ってたし、また、求められたかったのですが、うーん、完全にミスマッチでした。
去り際にも、「こんなに仕様理解してくれてる人がいなくなるのは痛い」とか言われてるし。褒めてるのだろうけど、いや、全くうれしくないね。それ。
しかも「仕様」であって「業務」じゃないところがミソかも。


最後の方は、結構だらだらだったのですが、このブログにもぼちぼち書いていたように、z/OSがFTPで色々遊べるってことに気づいたので、sun.net.ftp.FtpClient使って、ほんと色々遊んでました。


ツールって、最初は自分のために作って、あーこれは便利とか使ってると、だいたい「なにそれ?どうやってんの?」とかいう人があらわれて、良いツールの場合自然と広まっていくのですが、今回はそういう気配はなかったですね。
あんまり良いツールが書けなかったというのもあるかも知れませんが、「なにそれ?」って思う人自体いなかったってのが痛かったです。カイゼンの意欲なしじゃ、いつか行き詰るだろうなあ。
そうそう、横断調査とか面倒な作業があると、すぐオフショアに依頼しようとかになっちゃうもんなあ。


そんなわけで、次はとりあえず汎用機以外の仕事がしたいなあと思うこの頃でした。