プログラマとプロマネのあいだ

プログラマもやるし、プロマネもやるし、たまに似非アーキとか営業っぽいこともやる

「結局、自分のことしか考えない人たち」読了

結局、自分のことしか考えない人たち

どんな本か

サブタイトルの「自己愛人間とどうつきあえばいいのか」
が本質だと思います。


僕がこの本を手にした理由は、
「結局、自分のことしか考えない人たち」って自分のことなんじゃないか。
と不安にかられたのと、
「結局、自分のことしか考えない人たち」に遭遇した時にどうすればいいか。
の指南が欲しかったからだったりします。


確かにそれも書いてあるのですが、
自己愛人間が、幼少期の体験に基づいていて、
子どもを自己愛人間にしないために、大人はどうすればいいか
の部分が非常に参考になりました。

自己愛人間とは

自己愛人間の特徴について、色々書かれているが、なかでも印象的だったのは、

  • 「重要なのは自分の気持ちと欲求だけ。欲しいものは何でも手にいれられて当然」
  • 他者への思いやりはこれっぽっちもなかった。薄っぺらで、何でも自分のことばかり。
  • 他者の利己的な利用と、それにたいする自覚のなさ、もしくは良心の呵責のなさだった。
  • 彼らはたえず自分の好ましくない部分を他者に投影する。そして、その性格や感情をまるで相手が所有するようにふるまいはじめ、さらには相手にそう思い込ませる。
  • 彼らを変えようとしても無駄だ。心の平静を得たいなら、あなた自身が変わらなければならない。
  • 完璧を求める幻想、自分にないものをもつ相手へのねたみ、恥をかくことへの心の奥底の恐怖を除けば彼らは空っぽだ。

自分はそんなことないと思う人もいれば、
大なり小なり、思い当たるふしがあったりする人もいれば、
それぞれだと思いますが、
自己愛人間にはなりたくないとは思いますね。


いちいち自分ってどういう人間だっけ?と考えながら読んでいたのですが、
結構ウツなきもちになりました。。

自己愛人間はどうして生まれるか

子どもはだれでも、自己愛人間になるよう心理的に配線されて生まれてくる。じじつ、それが「魔の二歳児」(ときには三歳児)をあれほどやっかいにする理由のひとつだ。子どもはみな、誇大感と全能感があたりまえで、意思が妨げられると特権意識が激しい怒りを引き起こす発達段階を通過する。この時期の最初、恥は感情のレパートリーにないが、やがて早期の情緒の発達を完了する前に取り組むべき手強い相手となる。恥をうまく処理できるようになるかどうかで、自己愛人間になるかどうかが決まる。

うちの子、ちょうど3歳になるところですが、これ読むときわめて重要な時期だということになりますね。
三つ子の魂百までとか言いますが、性格の形成においても、重要な期間なんですね。

子どもを自己愛人間にしないために

いくつかべからず集的に挙げられているのですが、<まちがった態度その4>は印象的でした。

 子どもは自分を自由に表現する必要がある。彼らの精神は「純粋」で、大人に干渉されなければ自然に優れた人間に成長する。権威を振りかざして子どもの問題行動をやめさせようとしても無駄だ。いたずらに恥をかかせて子どもを遠ざけてしまうだけだ。

これは間違いで、

 幼児期の自己愛を克服するには親の導きが必要だ。子どもの幼稚な全能感や誇大感をしぼませ、風船の破裂にともなう恥の意識を調節する手助けが必要だ。

とのことです。
ほっとくと、自信家になり、人の気持ちを尊重できず、思いどおりにならないと非常に攻撃的になるとか。

というわけで

理不尽な人間関係に悩まされている人には、コミュニケーション技術の本として、
今まさに育児まっさかりな人には、育児書として活躍する予感がします。